レベルや知識量に振り回されるから語学力が伸びないんです。

 

 

人は数字に敏感です。

 

 

仕事のみならず、
体脂肪、ゲーム、ゲン担ぎ…。

 

 

数字は人の心を支配しています。
しかし語学力に関して、それらに振り回されては伸びるものも伸びません。

ストレスを勝手に背負う。

 

私の留学先フィリピンでは、
自身のキャリアアップのために語学力を伸ばそうと
する人がたくさん入学してきました。

 

 

毎月実施されるレベルテストは、
人によっては一喜一憂する大きなイベントです。

 

 

中には自信を失い授業中に泣き出す人もいれば、
何がしたいのかわからないまま放浪する人もいました。

 

 

語学を習得するうえで、
だいたいの流れは以下の通りです。

 

【語学力向上中の心境変化】

 

@:しゃべる勇気がない(初心者基準から)

 

⇒ A:会話するイメージができない。

 

⇒ B:ようやくあいさつができる。

 

⇒ C:しゃべれない殻を破り始める。

 

⇒ D:しゃべれないことを自覚しながらも学ぶ。

 

⇒ E:まあまあしゃべれてきたことを自覚する。

 

⇒ F:楽しいかもと思う。

 

⇒ G:『自分ってしゃべれなくはない』ことを自覚する。

 

⇒ H:得意・苦手がハッキリ解り始める。

 

⇒ I:自分に必要な分野を深く学び始める。

 

個人的にはGの時点で十分海外就職はできると思うのですが、
大半の人はFに到達する前にDEあたりで一度、病みます。

 

 

『病む』とは、
スランプとかモチベーション喪失のことです。

 

 

『目的意識は人それぞれ100%ちがう』
このことをくどいほどに私は発信しているのですが、
DEの時点で『病む』。下手すると習得を『止め』たがる人が
いるのは、『レベル』とか『点数』に振り回されるからでしょう。

 

 

確かに私たちは『勉強』に来ています。

 

 

…が、わざわざ実感する必要も無いストレスを
背負ってしまい、自分で自分の首をしめてしまいます。

 

 

これはとても勿体ないことです。

言葉はみんなのもの。

 

結論から挙げますと、
語学に『極める』というレベルはありません。

 

 

そして語学を学ぶ上で必要な
『言葉』は、使う私たちみんなのものなので、
比較対象になり得ないということです。

 

 

たとえば、

 

 

『この弁当、ふつうにヤバくない?』

 

↑↑↑
…という若者風な表現があります。
他の弁当に比べると、とびぬけて美味しいのであれば
なるほど『ヤバい』と感じるが、とびぬけているぶん
『ふつう』ではないわけです。

 

 

しかし、
それを作ったお弁当屋のおばちゃんにとっては
日常茶飯事であるなら、たしかに『ふつう』かもしれません。

 

 

屁理屈っぽくなりましたが(^-^;、
言葉の使い方は言論自由のもと個人の自由なので、
『あの人の方が優れている。』
などと決め付けるのも他人の勝手です。

 

 

人を惹きつける要素にはレベルや知識量以外に
『カリスマ性』というものもありますからね。

 

 

そして、レベルや知識量で人を測っている時点で不自由の始まりです。
そんな心境で学ぶ『語学習得』なら、伸びるものも伸びません。


優秀そうな人が案外仕事をしない。

 

私の彼女の話を少し。

 

 

彼女はTESOL(英語を母国語としない国民に、
英語を教えることができる資格)を取得し、
さらにTOEICは900点に迫ります。

 

 

この時点で
『何だ、TOEIC900点無いのかよ。』

 

 

そう感じられるTOEIC900点ホルダーの日本人が
いらっしゃるかもしれませんが、
この記事の理屈だと、無意味な比較感情でしかないわけです。

 

 

海外勤務経験はあるものの、
私の英語力は『業務レベル』でしかありません。

 

 

そして、職種も千差万別。
専門用語だけ頭でっかちに習得した人が、
ある日突然畑ちがいの仕事を任されたところで、
同じパフォーマンスはできないのです。

 

 

それは英語だけでなく、日本語でさえそうでしょう。
『○○って何ですか?』と同僚に尋ねることなんて、
ずっと日本にいて日本語だけで仕事をしていてでさえ、
言葉にするはずです。

 

 

小難しい言葉についてだって、そうです。

 

 

Sempiternal(センピターナル)という言葉の意味は、『永遠』です。
…が、そんな小難しい言葉ばかりを勉強してTOEIC試験で高得点を
取得するよりも、

 

 

中学生でも解るForever(フォーエバー)で『永遠』を表現して
いち早いコミュニケーションに臨んだ方が合理的なのです。

 

 

海外勤務中に色んな仕事仲間を見てきましたが、
小難しい言葉や何かとペチャクチャしゃべり散らす人ほど、
あまり仕事をしなかったように記憶しています。
彼・彼女らは目に見えて行動してません。

 

 

色々と脱線しましたが、
語学を『極める』ことは不可能で、それを考える事自体、
論争の価値が無いことを解っていただけたでしょうか?

 

 

 

追記

能力と信念を連動させる。

 

 

 

誤解無きよう補足すれば、
レベルと知識量の構築に努力を重ねた人は、
たしかに尊敬されるべきです。

 

 

語学試験の高得点や資格取得は、
キャリアアップとして最もわかりやすい
『ハッキリと見えるもの』で、
どんな環境にあっても箸か棒に引っ掛かる能力
であれば、たしかに習得すべきでしょう。

 

 

ただ、究極的に述べると、
『すごいのは解ったけど、それで何がしたいの?』
『それで何を信念に生きていくの?』

 

 

会社が知りたいことはそこなんですね。

 

 

私は今、会社という環境にいませんが、
面接官の気持ちを考えればそんなところだと思います。

 

 

能力値がバツグンに高くても、
信念が伴わなければ人には何も伝わりません。

 

 

 

 

 

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