『常識』と『良識』は、どっちが大切?

 

会社という組織からドロップアウトした西野です。

 

 

こんな私がこんなことを考えても無意味かもしれませんが、
常識と良識のちがいについてヒマなので調べてみました。

 

 

常識


普通一般の人が持ち、または、持っているべき標準知力。
専門的知識でない一般的知識とともに、理解力、判断力、思慮分別などを含む。

 

 

良識

偏らず適切・健全な考え方。そういう態度の見識。

 

引用:広辞苑

 

 

『常識』のページには『健全な考え』という説明がありません。
どういうことでしょう?

『常識』と『良識』は、あいまいな言葉です。

 

改めてまず『常識』について考えてみます。
『標準知力』という定義づけがある以上、
常識を極めたところで『標準どまり』であることがわかりました。

 

 

さらに『専門的知識でない』という説明からも、
専門分野に関しては役立つ気が無いことも示されています。
『常識』について粗探しを始めればいくらでもツッコみどころがありますね。

 

 

 

へ理屈が過ぎて『ヒマなやつ』と思われるとむなしいですから、次行きます(^-^;

 

 

 

では、一方で『良識』とは何でしょうか?

 

 

まず、『偏らず』と前置きがありますが、
『全てに平等に』という意味で解釈しても良さそうです。

 

 

そして『健全な考え』とあります。
人が『健全』について考える理屈や理由は、
価値観や考えが異なる人間みんなちがいます。

 

 

『健全な考え』は自由に生きる権利がある人、
すべてに許されている事だと思います。
そして、人が幸せに生きていくには『健全』な状態であることが一番です。

 

 

しかし、逆に健全でなければどんなことが起こってしまうのでしょうか?

 

 

 

・好きな子に振り向いてもらえないから、悪口広めちゃえ。

 

・あいつは気に入らないから、今後なぐってやる。

 

・彼・彼女は何となく生意気だから、無視しよう。

 

・部下が優秀で自分の権威を脅かしている。大事なことは教えてやらない。

 

 

 

これらが深く・暗くエスカレートすれば、
警察やニュースが絡んだ犯罪にまで発展します。
これが『不健全』。そう呼んで間違いなさそうです。

 

 

『犯罪者の精神鑑定が正常だった。』
そう発表されたニュースが昔ありましたが、

 

 

これはいかに、
常識も良識もあいまいで危険な言葉であるかを考えさせられる内容です。

 

 

『犯罪者の精神鑑定は全て異常でなければならない。』もしこれが常識なら、
マジメに働いている人が精神鑑定で『異常』と判定された場合、
その人たちまで『犯罪者』になってしまうからです。

 

 

『常識で考えればわかる。犯罪を犯す連中は、
みんな精神異常者に決まっているんだ。』

 

 

もしそう口にできる人がいれば非常に危険です。
この人は『マジメな精神異常者』をどう救うつもりなのでしょうか?

あいまいだけど、お互いが補い合える。

 

『常識』と『良識』はあいまいな言葉です。

 

 

それは多様化していく現代社会では、
よりあいまいになっていきます。

 

 

ただ『常識』も『良識』も必要ないのかと言えば、そうではありません。

 

 

例えば、

 

赤信号は、止まれ。

 

横断歩道は、歩行者優先。

 

 

これらのルールは数十億人いる人間をコントロールするための、
最低限決められた『健全な常識』です。

 

 

このルールを最近は高齢者が守れなくなっています。
それが原因で若い命や未来が失われていきます。

 

 

 

『健全な常識』を守るために。

それを助けるのが『良識』です。

 

 

 

冒頭とおり『良識』とは『健全な考え方』のことですが、
良識のある人が車を走らせていれば、

 

『信号が赤だな。事故にならない様に、止まろう。』

 

『歩行者が歩いている。止まって先に通過してもらおう。』

 

そう考え付くはずです。

 

 

『常識』と『良識』は、それぞれ単体だけでは、
確かにあいまいな言葉かもしれません。

 

 

しかし、二つで一つ。決してどちらかがないがしろにされては、
世の中のバランスが保てないのです。

常識と、良識の身に付け方・鍛え方。

 

『常識』を身に付けることはカンタンです。

 

 

その辺で売られている本でも良いし、
テレビ・雑誌に載っていることをそのまま覚えれば良いのでしょう。

 

 

新聞・雑誌の話題そのまま口にしてしまえば、
飲み会の席でも『あの人は分別がある・常識のある人』
と勝手に認識されることもあります。

 

 

もう一つ上のレベルに行くためには、
この中身の無い『常識』を『良識』で助けてあげましょう。

 

 

『良識』とはその人が本来持ち合わせている『やさしさ』や、
育ちの良さが関わる『生いたち』が関係します。

 

 

『良識』は何歳からでも鍛え直すことができます。
そのもっとも手っ取り早い練習方法は、『家事・生活』です。

 

 

 

『えぇ〜?いきなり家事ですかぁ…。』

 

 

 

そう思ってしまわれた方は、
この時点でまだまだ自分の『良識』が未熟だと反省しましょうね(^-^;

 

 

家事には『定年』が存在しません。
家事・生活は人の終わり無い営みです。

 

 

家事に真剣に向き合うと、良いことが起こります。

 

 

・労働者の負担軽減

 

・家族、近所の人の信頼獲得

 

・家庭内住人、ストレスの軽減

 

・まぁまぁ運動になるので、ダイエット

 

 

家を守ることは土地という資産を守ることになるので、
立派な社会貢献です。

 

 

最近は『民泊』というビジネスもありますので、
民泊専門サイトに登録でもすれば、
県外者や外国人観光者を泊める場所を提供できます。
うまくいけば普通の会社員よりもお金を稼ぐことができるかもしれませんよ。

 

 

少し脱線しましたので、話を戻しますね。
『常識』や『良識』のちがいと必要性はお互い切っても切れない関係です。

 

 

あいまいなものにしないためにも両者に真剣に向き合い、
へ理屈だけうまくならずに行動で示せる人間でいたいものです。

 

 

 

【まとめ:常識と良識。どっちが大切?】

 

 

・常識は標準知力なので、極めたところで『標準どまり』

 

・常識は専門的知識でないので専門分野では役に立たない場合がある。

 

・良識は『偏らず』ということで『全てに平等』と解釈できる。

 

・良識がないと心身ともに不健全をおよぼす。

 

・常識と良識はそれぞれだけでは『あいまい』な言葉。

 

・人を守るためのルールがあるように『健全な常識』は必要。

 

・健全な常識を守るために、良識が不可欠

 

・常識と良識は『二つで一つ』。あいまいなぶん、お互いに必要。

 

 

 

追記

 

 

 

常識と良識は切っても切れないものです。

 

 

ですが私個人の勝手を言わせていただけるのであれば、
良識を使って常識を変えていく生き方が生産的だと思っています。

 

 

実際脱サラした私自身、世の中の常識が『就職』とはどうしても
考えづらくなりました。管理教育に昔からどっぷり浸かってきた人は、
どうやらその考えが理解できないようです。

 

 

 

アメリカで起業家育成を手がけるジェフ・ウォーカー氏は
『起業家は人類の未来である。』と唱えています。

 

 

この言葉は一見起業家を勇気づけているように解釈できますが、
私はこの言葉を『みんなと一緒じゃないとダメ』といった世の中を
危惧しているもの
だと思っています。

 

 

さらに、彼は続けてこう説きます。

 

 

起業家こそ、人類の進歩を促し、雇用を創出し、

世界に本物の価値を生み出していると言えるだろう。

 

 

-引用 ''ザ・ローンチ''

 

 

就職が世の中の常識ではない生き方も、
この機会に学んでおいて損はないと思います。

 

 

 

 

 

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