自分が自由ならみんな自由になれる例

 

母が大阪に出掛けました。

 

 

バスで帰ってくる時間は夜の9時。
推測ですが夕飯を食べずに帰ってくる便でしょう。

 

 

自炊当番は、私になりました。


あるもので、とりあえず何か作ってみる。

今更ですが、野菜ソムリエ受験時代
ある程度調理に抵抗がなくなっていたので、
その日の晩御飯は私が担当することになりました。

 

 

もしも私がサラリーマンであったなら、
そこまで気持ちの余裕が持てず、
スーパーで惣菜を買ってくる選択をしていたでしょう。

 

 

ただ何となく、今回は考えが違いました。
何より『母も自分以外のつくったみそ汁を飲みたいだろう。』
そんな気持ちでした。

 

 

これも自分を超圧縮できてこそ考え付いた考えだったと思います。

 

 

冷蔵庫をのぞきます。
えのき茸と九条ネギ、豚肉があります。
おかずで豚肉炒めも作れば良いでしょう。
あとはスーパーで買ってきたしそ海苔納豆もあります。

 

 

豚肉を炒める際に使う調味料も目分量。
若干脂っぽさがある荒い『男の料理』です。

 

 

えのき茸と九条ネギをみそ汁に使います。
あとから七味でもふればそれなりにパンチがでます。

 

 

30分経過。完成です。
(写真撮ってなかったのが悔やまれます(^-^;)
品数少ないですがこんなカンジです。

 

 

・しそ海苔納豆

 

・えのき茸のみそ汁(+ゆず七味)

 

・ネギ塩豚肉炒め(オリーブ香草塩和え)

 

普段は台所に立つことが無いので気付けないものですが、
調理をしていれば本当に暑いです。
冬はストーブが必要ないくらいです。

 

 

食器洗いは父が済ませてくれました。

 

 

21時すぎ。母が帰宅しました。
その時間には父が洗い物と洗濯物を畳み終えていました。

 

 

大阪と合わせて京都を訪ねていた母は自分の厄払いを済ませて、
お守りをお土産に買って帰ってくれました。

 

 

風呂も沸かして終わっていたので、
旅の疲れも早々に癒すことができたと思います。

 

 

大阪からの帰りのバスで、軽くパンを食べたそうですが、
みそ汁だけは味わってくれたみたいです。

 

 

『自分以外がつくったみそ汁を飲ませる。』
私の作戦には付き合ってくれたので、
勝手に自己満足しました(^-^;


依存を振り切ってでも、『手を出せ。』

さて、前置きが長くなりましたが、
今回のテーマは、『自由は拡散させることができる。』です。

 

 

私の家では、家庭の事情で数年前より
『気付いた者がやる。できるところまで。』
…という家事のルールが出来上がりました。

 

 

このルールって、言うのはカンタンなんですが、
『できるところ』と『全くできない』が
ハッキリしすぎているため、最初は母ばかりが
家事を済ませる日が続いていました。

 

 

あと、冷蔵庫にあるものは母にしか
コントロールできないという思い込みが
男性陣にはあったので、調理は母抜きには
考えられないというグダグダな状況でした。

 

 

結局これって、
私も父も、母に依存しているだけなんですよね。

 

 

私も父も、独り暮らしの経験があるくせに、
冷蔵庫にあるもので何か作ろうという気持ちが無かったんです。
母が作ってくれることが、いつの間にか
『あたりまえ』だと勘違いしていたからです。

 

 

私がフィリピンで生活していた時の話を少し。

 

 

フィリピンはシンガポールほど物価がえげつないことはなく、
少し余裕がある日は買い物をして自炊をしていました。

 

 

結局、自分独りしかいない。依存する人がいないから、
『やらざるを得ない。』そんな状況でした。

 

 

正直、『この自炊や家事の時間にも、
ペイが発生すればどんなに良いだろうか…』

専業主婦・夫がニート同然などと言われることに
疑問を抱いたのも、この時期くらいからだと思います。

 

 

だって、自炊はともかく家事って休めないんですよ。本当に…。

 

 

だから、彼女がほぼ毎週末に来てくれて、
『Me!(私がやる。)』と言って手伝ってくれたことに、
とても感謝していたわけです。

 

 

彼女も私に依存していたら、進んで家事や自炊を手伝ってくれる
ことなんてなかったでしょうし、フィリピン女性は自立しているし、
強いなと感じたのもその時でした。

 

 

依存は不自由のはじまり。
実は依存を振り切ってでも『手を出す。』
これだけでも大きな感謝と信頼が生まれるし、
負担を分散できるから、みんなに自由を拡散できますね。

理解の感謝を自由で伝える。

何だか前半は『家事やってますよアピール』のような内容でした(^-^;

 

 

確かに私は、健全な理由から家事を進んでやるように
なったわけではありません。

 

 

きっかけは『ニート』という言葉の定義を知ったことからでした。
ニートという言葉の定義上、家事に携わってさえいれば、
そう呼ばれることはないと。

 

 

要するに、しょうもないプライドだったんです。
そこだけは馬鹿みたいに抵抗しましたね。
気付いたら風呂掃除でも食器洗いでも。

 

 

そこからだったでしょうか、
依存を振り切ってでも『手を出す』だけで、
どうとでもなるし、家族から感謝されたりして、
まんざらでもないと感じ始めたのは。

 

 

私自身も数か月後、フィリピンに行く予定を
立ててしまったので、ここいらで恩を売っておかないと
マズいかなと、本能的に思っていたのでしょう(^-^;

 

 

いくら自由とはいえパソコンばっかりいじくって、
好きな時間に好きなことばかりやっていれば、
側で見ている働きに出ている人たちは、
気持ちが良いものではない様なのです。
(私は仕事のつもりでやっているんですけどね…。)

 

 

その点をまだ理解してもらっている分は、
やはりその自由を家族のために有効に使うことが、
一番の感謝の示し方だと思いました。

 

 

 

追記

自分以外に作ってもらう料理

 

 

私の荒い『男の料理』が美味しかったのかは謎ですが、
父と母は進んで食べてくれました。

 

 

思い出したのは独り暮らしで自炊していた時代。
自分で作った料理が不味いと思ったこともありました。

 

 

自分で作った料理はあまりにも続くと
『食べる』というより、『補給する』というような感覚でした。
真心も何も無いんですよ。

 

 

無感情に自分を食いつなぐためだけに、
タンパク質や炭水化物を腹に詰める。
これは、同じ『食事』と言えるんでしょうか?

 

 

『こんな思いまでしてする生活って、一体何なん?』
これって孤独だと今更気付けました。

 

 

自分以外の人が作った料理が、
こんなに意味あるものだとは思っていなかったのです。

 

 

人が人たらしめた最大の行いは、
『火を発見した』ことでもなく、
『狩りを始めた』ことでもなく、

 

 

『食料を共有したこと』だと述べたのは、
霊長類学者の、山極壽一(じゅいち)先生です。

 

 

それは生活における調理・自炊においても同義なんですね。

 

 

自由の価値とその共有

 

 

 





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