お金と愛を無償で分け与える意志(アガペー)

 

アガペーとは無償の愛という意味のギリシャ語です。

 

 

お金に困っている人がいれば無償で与えることができる心は、
アガペーと言って良いでしょう。

 

 

アガペー良いですね。
私も欲しいです(^-^;…なんて笑


貧困の解決方法ってお金なの?

 

お金の話になれば、必ず考えなければいけないことが
あり、これは他の記事でも私は書いてきました。

 

 

もしその人がお金のことで困っているとすれば、
それは『貧しい』のでしょうか?

 

 

最低限生活はできているけど、自分が本来やろうと
していることはできない不自由。

 

 

↑↑↑
これは相対的な貧困ですね。

 

 

あとは、お金には困っているけど、
『質素』を愛して満足した暮らしができている。
これは逆に『貧しい』という概念から離れます。

 

 

では『お金に困っている』そう口にできる人には、
一体何が必要なのでしょうか?

 

 

そして、その人たちが抱える問題の解決方法は、
お金で解決しきれるのでしょうか?


友愛もある。

 

ついこないだ、海外にいる彼女とこんな話になりました。

 

 

『個人的に海外渡航のコンサルをしているなら、
私をぜひ巻き込んで欲しい。』

 

 

彼女はTESOL(英語を母国語としない国の国民に、
英語を教えることが許されている資格)を取得しているので、
たしかにそれも良いなと思いました。

 

 

さらに彼女は続けました。

 

 

『そしたら私の友人も呼ぶので、その人たちにも半額分は
給与として分け与えたらどうだろう?』

 

 

正直あ然としました。

 

 

まだ手をつけてもいない仕事にも関わらず、
友人に無償で仕事のオファーを分け合うと言うのです。

 

 

人が良いを通り越して、これぞ『アガペー』。
無償の友愛ですね。

 

 

ただ、問題解決方法は果たして本当に『お金そのもの』なのでしょうか?

無償の愛は正解?不正解?

 

アガペー(無償の愛)がお金や友愛に現れることは、
広い世の中、やはりあるようです。

 

 

タイガーマスクこと、『伊達直人』の名を借りて、
児童養護施設にランドセルや現金を寄付していた
あの人も、そのままアガペーを体現されていました。

 

 

私もこの世に生まれ落ちて父と母から愛され、
言葉を教わり、先生から教育を受けてきました。
彼女は海外で、自分のドジを何も言わず助けてくれました。
姉や友人は惨めに帰国した私の話を真摯に聞いてくれました。

 

 

幸運にも、私の周りは無償の愛が満ちていたと思います。

 

 

今ではハッキリと、私が受けてきた無償の愛は
まぎれもなく正解だったと言えます。

 

 

それでは、無償の愛とは全て正解になりえるのでしょうか?

 

 

人生の問題解決方法について考える時、
大半の人は『お金』を思い浮かべるでしょう。

 

 

そしてお金を見せられると、
『これで問題解決する』と自己完結してしまう人もいると思います。

 

 

果たしてこれは正解でしょうか?

 

 

お金そのもので問題解決できるこの現実を、
私たちは自由と呼べるのでしょうか?

 

 

賢人はもらったお金を消費のみに費やすのではなく、
半永久的にお金を増やす生産能力を得るために使うのです。

能力向上は不自由脱却のカギ

 

楽してお金をもうける方法

 

 

皮肉にも、情報多過の世の中、
いくらでもそんな方法は存在しているようです。

 

 

心無い悪人でも人生に華を咲かせることができる程に、
現実は残酷で、この現実が真実です。

 

 

その一方でまじめで優しくて誠実な人が、
日の目を見ることができず、不自由に苦しんでいます。

 

 

私は神でも何でもありませんが、
少なくともそういう人たちの行動を後押しすることは
したいし、できるつもりです。

 

 

ただし行動の後押しをできる対象となる人は、

 

『真剣に自分自身と向き合うことができる人』

 

『自分や大切な人の幸せを考えることができる人』

 

『お金そのものに思考が支配されない人』

 

これらに限ってきます。
そういった意味では、やはり限界があるかもしれません。
万能ではないのですね。

 

 

それは私も、皆さんと同じ『人間だから』です。

 

 

でもこれだけはハッキリと言えます。

 

 

不自由脱却のカギは、能力向上です。

 

 

それはお金を産む能力、友達を増やす能力、
自分を見失わない為の能力等…様々ですが、
何れも自由に愛される能力であると断言します。

 

 

そのヒントを無償で分け与えることは、
ただの人間である私や周りの人たちはみんなできると思っています。


無償の愛は誰しも持っている。だからこそ怖い側面もある。

能力という知恵や経験。

 

 

これらは同じ人間同士、
共有して分け与えることができると思っています。
無償の愛の一つでしょう。

 

 

しかし無償の愛とは、
誰しもが分け合えることができるぶん、注意が必要です。

 

 

もちろん行動を後押しされた本人の努力が加わらないかぎり、
その人にとっての『本当の自由』は実現しません。

 

 

たとえばある家庭の親が、
職を失った子供に一定金額のお金を与えてしまったとします。

 

 

その子供は、親の無償の愛に感謝するでしょう。

 

 

その理由が『しばらくは働かなくて良い』であれば、
大変危険な心理状態です。

 

 

このように無償の愛は時に、惰性を呼び寄せてしまうのです。

 

 

無償の愛も『中庸(ちゅうよう)』で与える。
ほどほどに、ということですね。

 

 

 

追記

『中(あた)る』生き方とは?

 

 

古代の哲学者アリストテレスは、
物事に中庸(ちゅうよう)を持って生きることを唱えました。

 

 

先述とおり、『ほどほどに』ということです。

 

 

人によっては、『そんな中途半端あるか!』
とストイックに心を奮い立たせる人もいるかもしれませんが、
『中途半端』と『中庸』は、まるっきり別物です。

 

 

自分には能力があると驕り高ぶった態度は『虚栄』、
反対に『自分なんてどうせダメだ』というふうに、
ネガティブなセルフイメージで生きていくことは『卑屈』です。

 

 

中庸とはその中間。
『矜持(きょうじ):プライド』をもって生きていくことを、
ここでは『中(あた)る』と言います。

 

 

スピードや効率を優先する社会において、
この中庸のバランスを見失いかねない人も、
少なくないようです。

 

 

それは上司や仲間がペチャクチャと
カンタンに人を傷つける言葉を使っては、
カンタンに人を傷つけているような環境では、
『ありえそうなこと』です。

 

 

中庸をもって生きていくことは、
同時に『何者にも惑わされない。』自由な生き方の一つです。

 

 

常識やルール。
『みんながそう言っているから正義。』
そもそも、その『みんな』って誰なんでしょうか?

 

 

そして、正義の絶対数すら曖昧なわけですよ。

 

 

そう考えると、
考え方ひとつで案外自由は身近にあるかもしれません。

 

 

その自由は自分を見失わない限り、実現可能です。

 

 

 





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