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『職を失う』という物言いは、ただの虚像。

 

『職を失う』という現実は、ありえない。

 

職を失う。

 

 

こう言えば耳心地が悪く、
何となくみじめな状態に思えてきます。

 

 

私はえらそうに『仕事に勤めるということは…。』
などと諭せる立場でもありませんしそうはありたくないと考えます。

 

 

そして、みじめであるなら、みじめに生きても、
一生を悔いなく終えることができればその人は救われると考えます。

 

 

ただ『職を失う。』いつでもそう決めつけているのは他人です。
誰も他人の生き方を定義(決めつけ)づける権利など持っていないのです。


技術と知識が進化して、仕事のあり方も進化する。

 

既にテレビや他のネット記事でもうたわれていることですが、
科学やインターネットの発展で、
人の仕事は大昔と比べると急激に早まり変化しました。

 

 

今や『そのうち人間が不要になる』
と語る某経済関係者もいるほどです。

 

 

確かに人が必要なくなるくらい、科学は進歩し続けています。
これからも進歩は続くでしょう。

 

 

しかし良く考えて下さい。
科学のウラには、いつも関わっているのは『人間』です。

 

 

一見進歩した科学を通じて、
何でも独りでできている気になっているものの、
その背景には誰か生身の人間の手が加わった仕事が存在するのです。

 

 

この理屈にしたがえば、
『いずれ人間が不要になる』などという考えは、
人の傲慢(ごうまん)だと思いませんか?

 

 

『人が職を失う』ことなどありえないし、
『新しい職を生み出す』力を持つのもまた人なのです。

もし、人間が不要になれば…?

 

そもそも、なぜ私たちは職について『働く』のでしょうか?

 

 

それにはまず、『食べていくため』という理由があると思います。

 

 

人間が不要になれば、
農作業も科学が代行しなければいけません。
そして、もちろん調理も。

 

 

心の通わない機械が作った料理で、
人間が生き永らえる未来…。
コンピューターが自我に目覚めて、機械が支配する世界。

 

 

まるでターミネーターです。

 

 

クサい話になるかもしれませんが愛も情も感じません。
そんな世界は生きていたくありません。

『個人』も『会社』も社会を回す一部。

 

私自身、『会社』という形態は苦手で合わないものの、
せん滅を願わないのは『社会』を回す存在が『会社』もその一部であるからです。

 

 

合う・合わないの問題で、
『個人』も『会社』も人が回す社会なのです。

 

 

そして、『個人』の在り方にも、
起業したり、ニートだったり、自由人だったりと様々です。

 

 

正直、私はニートでも社会貢献ができる時代だと考えていますので、
『人が職を失う。』という概念ごと既に無くなったのではないかと思っています。

 

 

そもそも、ニートなどという言葉はイギリス英語がそのまま来日したものです。
何となく日本人が使い始め、
本人が部屋の掃除一つでもすればそう呼べない曖昧な定義のものです。
参考:【ニートと言う言葉を調べてみました。】

 

 

それが何となく『負け組』を表現するような言葉として使われているのですから、
不思議なものですね。

 

 

『勝ち組』とやらの一流企業社員が、
自分の部屋の掃除一つできずに、
中途半端に家政婦を雇う現実を見れば分かると思います。

 

 

私が言いたいのは、『人間をなめるな』ということ。

 

 

傲慢になった金持ちや自信家が、
『機械代行の未来』をうたうのは結構ですが、

 

 

そのウラに生身の存在がいることを、
私自身はどうしても忘れることができません。

 

 

 

 

 

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