お金も自由も普遍的なものなのか?

 

ノマドワーカーになって悠々自適に生きていれば自由でしょうか?
そして、会社に属さず自分で自由にお金を稼いでいれば、
不自由を感じているサラリーマンにとって、その人は神様でしょうか?

 

 

何だかお金と自由が無敵か正義であると、
かんちがいされていませんか?


学生さんがすすめてくる『脱サラしませんか?』…意味不明です。

 

私は日課としてネットビジネスの情報を調査しています。
(それは自分にとっての善悪の区別を見極めるためでもあります。)

 

 

相変わらず、ハデな金額やうたい文句を使っては、
ウサン臭そうなビジネスをエサに使っている人たちは多いようです。

 

 

その中でも、今回気になったのは
『20代学生です。脱サラしてお金を稼ぎませんか?』
とプロフィールでアピールしている人です。

 

 

学生さんですね。
高卒で就職した会社を直ぐ辞めて、大学に進学したのでしょうか?
かなりめずらしいケースですが、それなら納得できる言い分ですね。

 

 

そうでない場合、就職経験が無い学生さんが、
『脱サラしませんか?』そう言っているわけです。・・・意味不明です。

 

 

『私にあやかるなら、お金を稼げますよ。
脱サラしてみんながうらやむ人生を過ごしませんか?』

 

 

これって、お金を正義としているか、
『もう就職の時代じゃない。』とでも言いたいのでしょうか?
仮に社会人経験が無いとすれば、ただのマネーゲームですね。

 

 

つまり、『お金を手にすれば自由を手にすることができる。』…という普遍性
をアピールしているわけです。

 

 

ここで私はこう思います。
『お金と自由って、無敵なのか?』
『それとも、絶対(普遍)正義なのかな?』

哲学書を読んで考えました。

 

ある日、何回も『えっ?』ってなりながら本を読み返していました。
哲学書です。

 

 

哲学って何だか難しそうですけど、
本当に難しいんですよ。
数学のように、美しい答えが存在しないので…。

 

 

でも不思議ですね。
それでも懲りずに何度も読みたくなるんです。

 

 

『や、 西野の好みの話は聞いてねえ。』
そう思われた方は、スミマセンでした(^-^;
本題に戻りますね。

 

 

『お金と自由は正義か無敵か?』
私にとってはあまりにも答えのないテーマなので、
わけがわからないまま行き着いたのが哲学書でした。

 

 

哲学と言えば小難しいので、
道徳や倫理と言いかえば、聞き慣れた言葉かと思います。

 

 

私たちは学生のころから『道徳・倫理』を
通じて物ごとの善し悪しを考えさせられます。
善悪の基準は正解がないため、
世の中の物事は普遍的ではないと言えます。

 

 

では、お金の話です。前述した学生さんのアピール文。
『脱サラしてお金を稼ぎませんか?』には、
お金を普遍的な正義として見ている。
そんなふうに私は考えてしまうわけです。

 

 

みなさんは、どうですか?

 

 

たしかに、お金って無ければ困りますよね。
時にはあるだけでも正義になるし、
逆に無ければ、悪意が芽生えてしまうかもしれませんよ。

 

 

私は以前、
お金に困っている人がいれば無償であげるかどうか
について書きました。
そして子供たちの能力向上が絶対的貧困を救うカギになる
と続けて書きました。

 

 

私たち国民は、国家のように非市場的にお金を調達できる
ような立場ではありませんね。
知恵をしぼって、がんばってお金を稼ぐしかありません。

 

 

そのために知恵をしぼるための能力向上が、
お金に困っている人には必要だと言いたいのです。

 

 

『能力がなければお金を生むことができない。』
などと言うつもりはありませんが、
『能力はないがお金さえあれば良い。』
ような考えが蔓延していることには、少し疑問を持ちます。


お金がすべて vs お金を生む能力

 

少し論点を変えます。人の出入りが激しい会社についてです。
人の出入りが激しい会社の特徴は2つです。

 

 

・よっぽどのブラック企業

 

・能力主義である。

 

 

まず、立派なブラック企業
未だ年功序列で若い芽をつぶしてしまったり、
特権階級者だけが甘いミツを味わう様子が、品無く表れています。

 

 

次に能力主義ですが、
こちらはお金を生むシステムに注力するため
スピードと効率を重視するんですね。そのぶん人の出入りは激しそうです。

 

 

さて、何が言いたいのかと言いますと。

 

 

前者のブラック企業に勤めていた人にとっては、
たしかに目の前のお金に思考を支配されてもおかしくなさそうです。

 

 

お金そのものが問題解決の手段なので、
『お金が沢山あれば脱サラしちゃえ。』そう考えるわけです。

 

 

ただ、もしも後者。つまり能力主義の会社に勤めていた人であれば、
『お金』だけを解決手段にする必要はありませんね。

 

 

なぜなら、能力主義の職場でお金を生む能力を
既に身に付けているハズからです。

 

 

百歩ゆずってお金を生むことができなくとも、
能力主義のもと『何が貧困を救うのか?』
その答えが無意識的に身に付いているはずでしょう。

 

 

果たして、どちらが自由でしょうか?

結局、『考え方次第』?

 

『何が貧困を救うのか?』
これまでの私の理屈では、その答えは『能力』です。

 

 

資本主義的な物言いですが、
これからの時代『自分の身は自分で守る』精神に
強く賛成できる人は共感して下さると思います。

 

 

それでも、自分の身は自分で守ると心に決めた以上、
能力を常に磨かなければいけません。
なぜなら、お金を回す経済システムは、
社会や時代と共に変わり続けているからです。

 

 

 

『安定』や『常識』は、あいまいなものなんです。

 

 

 

では『自由が安定してあるもの』とは、言えるのでしょうか?

 

 

これってもう、
『考え方次第』で片づけるしかないんですね(^-^;

 

 

たとえば『お金を稼ぐ能力』は、
遠い昔から変わらない『人の購買心理』を刺激するコツを
抑えていれば、誰でも身に付くと唱える人がいます。

 

 

この考えだと、必要な能力は根本的に同じだから、
『じゃあ、能力さえあれば手に入る自由って普遍的って意味じゃん。』

 

 

もっと言えば、
『ごちゃごちゃ言うなよ、お金さえあればその能力も手に入るんだからさぁ。』

 

 

逆に、
『や いくらお金があっても知識も能力も身に付かない。それじゃ不自由なままだ。』
『努力次第という意味では、お金も自由も相対性があるんだ。』

 

↑↑↑
こう考える人もいると思います。

 

 

ごちゃごちゃしましたが、まとめると、

 

 

 

 

『考え方次第』と片づけるしかない時点で、

自由もお金も『普遍的でも無敵でもない』ということです。

 

 

 

 

お金がすべて?

 

能力がすべて?

 

実は危険なのは、
物事に普遍性があると決め付けてしまう
『考え方そのもの』かもしれませんね。

 

 

 

追記

変化を受け入れる。

 

 

 

私が社会人になる前は、
大学の研究に忙しなくする一方で、
周りの友人たちが当然のように就活にのぞんでいました。

 

 

今の私のように、会社に属さずとも社会貢献をしようという考えは一切なかったと思います。

 

 

つまり、
『就職して会社の歯車になり、そのまま人生を過ごす。』
これが普遍的なことだと思っていたのですね。

 

 

この考えが仇になったのか、
身体を壊したり、上司や先輩には好かれなかったり…。
自分で行動するしか解決策はありませんでした。

 

 

結果的に、世の中は普遍的ではないことを学んだと言えます。

 

 

ここまでお付き合い下さった人は、
様々な心境で読み進めて下さったと思います。

 

『何言ってる、金が全てだ。』

 

『いや、能力のない奴はダメだ。』

 

『会社にいる方が安定だろう!』

 

今はそれで良いと思います。
それでもいつか、人には変化する時期が訪れます。

 

 

その時に気をつけていただきたいのが、
変化や相対性を受け入れる心がまえです。
物事に普遍性はありませんからね。

 

 

いつか自分の心境に変化が訪れたとき。
それを素直に受け入れて自分らしい生き方に変えること。
実は自由ってそういうところにも表れるかもしれませんね。

 

 

 

 

 

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