人に嫌われた・自分が嫌になったとき、こう考えると楽になれます。
人が解り合える瞬間とは、どんな時でしょうか?
何かを共有したときであることはまちがいなさそうです。
それは『苦しみ』も同じではないでしょうか?
むしろ、世の中は『苦しみ』を分かち合って安心することの方が多いと思います。
そして、『自分が嫌になるとき』は、
よっぽどニブい人でない限り誰でも感じたことがあると思います。
私は、嫌というほど『自分が嫌になるとき』が多いので、
何度も言うとおり、人生をうまく泳げない『苦しみ』を抱えている人には、
『ひとりじゃないよ。』と安心を知らせたいのです。
ある歌手が言いました。
君は僕を嫌ってる。君とは仲良くなれそうだ。
だって僕も僕が大嫌いさ。
『嫌よ嫌よも、好きのうち』とは、本当によく言ったものです。
こういう考え方にも行きつくようです。
それでも人は『嫌われる』ことが、こわいものです。なぜでしょうか?
嫌われたあと、何をすれば良いのか?
『嫌われる勇気』という本が売れています。
たくさんの人が『嫌われる』ことをこわがっているのに、です。
なぜこの本が売れるのでしょうか?
それは、『嫌われる』ことに『価値』を感じているひとがいるからです。
それだけ『嫌われる』ことには、そのひとの幸せのヒントが詰まっているのです。
では、『嫌われたあと』、私たちは何をしろというのでしょう?
本当に『嫌い』の先には幸せのヒントがあるのでしょうか?
誰もが『好き』というものが、『正しい』とは限らない。
『嫌われる勇気』
『かならず幸せになれる』と約束はできませんが、
少なくとも、嫌われたあと『自分で考えて動く』ようにはなれそうです。
そして、私の人生観は、
『行動が、知識と経験をよぶ。それがずっと、自分を救い続ける。』
だから『嫌われることは、まちがいじゃないんだ!』
そう考えても、良さそうです。
何だか少し自分でも気が楽になった気がします。
逆に、みんなが『好き』『良い』と感じているものが、
『自分にとって正しい』とは、必ずしも言えないのです。
自分が嫌になったとき…
『今、自分にとって正しい感情がはたらいているな。』
こう考えれば落ち着けそうです。
【関連記事】
TweetFollow @kaname_nishino
無料プレゼント
【単身渡航マニュアル】
(Cookieが無効である場合、プレゼントを受取ることができない場合がございます。)⇒詳細