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一番がんばってきた人が憎しみを受けてしまう悲劇

 

一番がんばってきた人が憎しみを受けてしまう悲劇

 

世の中って皮肉です。
努力は賞賛されるべきかもしれませんが、
時にはそれが無下にされてしまいます。

 

 

だから優秀な人が幸せになるとは限らないし、
逆にそこまでがんばってない人が、結構幸せに見えたりもします。


努力の積み重ねは虚栄につながる。

 

名のある大学や会社に努力して入ることは、
褒められるべきことかもしれません

 

 

ただし、中にはプライドが成長し過ぎて、
虚栄心を持ってしまう人がいます。

 

 

『自分は周りとは違う』>と。

 

 

そうやって他人を突き放しては孤独に向かう
パターンなんですが、賢い人ほどそういった
人生を歩みやすい可能性があります。

 

 

『他人に依存しないこと』と
『他人を寄せ付けないこと』は、別です。

 

 

そのバランスを保つ心構えは、
『中庸(ちゅうよう)』ですね。

 

 

他人をバカにしてでも自分のスタンスを保とうとする
ことが『虚栄』。

 

 

逆にバカにされても懲りずに人間関係を保とうとする
姿勢が『中庸(プライド)』です。

『老いる』現実を知る。

 

苦労が多い人ほど、出来ることが多いのは本当の様です。

 

 

それでも必要な苦労とそうでない苦労はハッキリと
ご自身で理解し、省エネで生きていくことが合理的だと思います。

 

 

過剰な世話焼きは、時として憎しみを産んでしまうからです。

 

 

たとえば高齢化社会がすすむ日本で、
老人介護施設のケアマネージャーが、良心で行って
きたお世話が、施設のご老人の怒りを買うような話は、
よく聞くことがあると思います。

 

 

高齢者介護は国や政府が考えている以上に過酷なものです。

 

 

なぜなら上述とおり、
お世話に一番心血注いだ人間が、
逆に憎しみをぶつけられてしまうからですね。

 

 

それでも身の回りのお世話を欠かしてしまうと、
そこのご老人は不自由になってしまった身体でも
がんばって何とかしなければいけません。

 

 

こういった話は答えが見えなくなりつつあります。

 

 

年齢を重ねたあとも、
『自分のお世話をしてくれる人に怒りをぶつけてしまう』
そんな人間にならない為にも、

 

 

『老いる』未来の現実を早い段階で理解しなければいけません。

社会人も自由人も、いつかは『どうせ老いる』。

 

脅す気はありませんが、私たち人間は

 

 

『どうせ、老います。』

 

 

さらにその先にある未来は、もっと現実的です。
その未来こそ『スタート』と表現する社会学者もいます。

 

 

この『老いる』事実から目を背ける事自体、
結局不自然なんですね。不自然な物事は、実に不自由です。

 

 

あのタモリさんも、こう言いました。

 

『コシ』のある人間はダメだ。
ふにゃふにゃして何でも受け流さなきゃ。

 

この考え方は、自然で自由な表現だと思いました。
(『コシ』のあるうどんは、美味しいですけどね(^-^;)

 

 

社会人も自由人も、
現役である時間は身体が元気ですし、心も敏感でしょう。
ギラギラとプライドに人生を燃やす人も少なくないと思います。

 

 

それでも、いざそれができなくなる日。
ある日身体が『もうその必要は無いよ』と教えてくれるとき。

 

 

素直に受け入れて生きて行けるでしょうか?
そこが『老いる』現実を上手に生きていくカギだと思います。

 

 

『老いる』現実に目をやったとき、
そして『老いた』あとも自分自身や周りの人と幸せに
人生を過ごしたいと思ったとき。

 

 

そのヒントは若さある『今』に自由をもっているかどうかで、
『老いた』あとの人生はガラリと変わるでしょう。


足るを知る。

 

老子の言葉『足るを知る』は、
『それ以上を望まない者こそ豊かに生きることができる。』
という意味でした。

 

 

ところがこの考え、
一部の会社や社会では事正し気に使われ、
歯車を切らさない為のキーワードのようです。

 

 

要するに、不自由な現状で『足るを知る』と考え、
現状に妥協しムリヤリ生きていくことは、
あきらめて自分をだましていることと同じです。

 

 

だから賢明に考えなければいけません。
賢いことと勉強ができることって、全然違います。

 

 

私の経験上、
勉強ができる頭が良いだけの人ってそこらじゅうに腐るほどいるんですよ。

(勉強嫌いな私基準なのですが(^-^;)

 

 

私は性格上勉強がキライなので、勉強できる人の
努力は尊敬できますけど、その人たちが絶対幸せに
なれるかどうかは、別問題です。

 

・語学が堪能でペチャクチャとしゃべることができる人

 

・頭の回転が早く何でも発言して実現する人

 

・どんな資格試験でもちゃっちゃと合格できてしまう人

 

↑↑↑
この人たちが自己顕示欲やエゴを持っていたとしたら、
老後は少し危険ですね(^-^;

 

 

『足るを知る』とは勉強しないということではありません。

 

 

不自由を打開するために、『必要な苦労を必要なだけ。
これが答えです。

 

 

『老い』に悪影響を及ぼさない範囲でやっていくことだと思います。
老い先も、私は大切な人と幸せに生きていたいですからね。
若かりし頃の自分の栄光に『老い』たあとも固執したくはありません。

過去の栄光って、本当に栄光なの?

 

そもそも過去に固執してしまう人って、
他人にその話をしたところで自己満足しか得ているものがないわけです。

 

 

よくありませんか?
先輩の昔話。長んだけど…。

『いやいや、知らんし。』

 

 

みたいなこと…。
過去の自慢話に華が咲くのは、
過去に現場に居合わせた者同士だけです。

 

 

いざ赤の他人が『その話を聞かされても…』
心中そう思ってしまうのは至極当然なワケです。

 

 

こういう話って、老人介護施設とかでもよくあるかもしれません。
ケアマネの人は、『聞いてあげることも仕事』と言うかもしれませんが。

 

 

誤解と批判を恐れずに書くと、
『過去に固執した自慢話は、不自由の証明』です。

 

 

過去に固執することで得られる自己満足が証明することって、
『老いた今』に真剣に向き合ってない事実だけなんですね。

 

 

私は老い先の自分も真剣に受け止め、
もしもお世話をしてくれる人がいるならば、
その人に対しては本気の感謝をもって接したいわけですよ。

 

 

一番がんばっている当事者が、
憎しみを受けてしまうような悲劇を起こしたくありませんからね。

 

 

だからこそ、この文章を書いている『今』。
この文章を読んで下さっているあなたの『今』。

 

 

本当の自由を実現し、老いに繋げましょう。
老いた未来の自分が、過去の自己満足に固執しないためにも。

 

 

 

追記

勉強はできるのに賢く生きることができない。

 

 

勉強することって、教育を自分に昇華させることなので、
『能力』を身に付けることですね。

 

 

勉強して良い成績を取って、名のある有名な大学に行く。
そして大企業に就職し、安心・安全な環境で楽にお金を手に入れる。

 

 

このエリート道って、この時点で矛盾してるんですよ。

 

 

能力を身に付けたわりにそれを活かさず
『楽にお金を手にする』ことが頭にあるんですから、
『じゃあ、今まで勉強してきたことって何よ?』
となるわけです。

 

 

賢く勉強してきたつもりが、
いざ社会にでて会社に属すると、
待っていたのは権力・覇権争いに燃える
サラリーマンたち。

 

 

努力や誠実が涼しい顔で裏切られる現実。
そして現実という、『目に映るものが全て』の真実。

 

 

先述とおり、
一番がんばった人が憎しみの対象になってしまう悲劇。

 

 

この矛盾は社会の人間関係のもと、起こり得ることです。

 

 

それでも揺るがず変わらないもの。
それは『努力に真剣に向き合った自分自身』です。

 

 

悲劇は、自分の生き方を否定する過ちでも、
他人に『負け犬』呼ばわりさせるためのネタでも何でもありません。

勉強したのに賢く生きることができるとは限りませんが、安心して下さい。

 

 

賢く生きるためには何度だってやり直せますし、
身に付けた能力がすぐに錆びつくようなことはありません。

 

 

人間はそんなに薄っぺらではありません。

 

 

悲劇を脱出するきっかけ

 

 

 




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