がんばる自分を演じることの不自由

 

価値観は多様化しています。

 

 

いつの年になっても、
『何だこの人?こんな人初めてだ!』

 

 

そう思うのは、社会性や集合知が、
常に情報化を通じて進化し続けているからです。

 

 

カンタンな話『がんばるだけ、しんどい。』
人間社会は家庭内ですら、そんな状況を生みます。


がんばるだけ損。

 

『人生そんなもんだ』は、
幸せな人生を歩む思考を放棄する危険な心理です。

 

 

これは在職・退職・転職・在宅・ニート…
何者にとっても全く同じように当てはまります。

 

 

だから私たちは、辛くてもがんばって、
知恵や経験を活かして未来を切り開いて生きていきます。
たった一度の愛おしい人生を、幸せに生きていくために。

 

 

ただし、これも答えが出ない問答なので
余計気をつけなければいけないのですが、

 

 

『じゃあ、がんばるってどれくらいなのよ?』

 

 

そんな気持ちになるんですね。

 

 

自分の意志を行動にし、
幸せな人生を歩みたいと真剣に考える人ほど
この『がんばる』は危険です。

 

 

『がんばるだけ損』
『がんばらなくても良いや』
…が、思考停止状態であることに無意識的に気付いているからです。

 

 

がんばっても損をする人はたしかにいるようです。
信じていたものを失ってしまった人もいるでしょう。
そしてネガティブなニヒリズムを成長させて、
逆に他人の努力をジャマする立場になってしまう人もいます。

 

 

デススパイラルの、『がんばる』バージョン。
十分気をつけたいですね。あなたは大丈夫でしょうか?

ある日、ふと気づけた。

ある家庭の奥様が、家事に自炊、
介護に会社と、4‐5足草鞋でがんばっています。

 

 

家族もいるし、自分が休むわけにはいかない。
責任感と何より家族と幸せに生きていく気持ちが強いため、
一日を完璧にこなしていくことで、毎日が過ぎていきました。

 

 

ストレスのガス抜きも解っていたつもりでした。
マンガ喫茶に映画に旅行。
ある程度ストレスが溜まっても、
自己処理で何とかなっていました。

 

 

ある日、一定周期でおとずれるストレスを自覚しました。
この状態でこれ以上がんばるのは危険なので、
家族に許可を得て、その日は遊びに出掛けることに。

 

 

マンガ喫茶と映画で5000円、近県に旅行して2万円。
あっさり2万5千円が消費されました。
帰宅すればいつものように、
がんばる自分へとリセットしなければいけません。

 

 

ここで、奥さまはふと気付きます。

 

 

がんばってる自分って、本当の自分なのかな?

 

 

がんばる使命感に駆られて、いつしか
がんばること自体が目的化し、
ストレスの実感までもが作業化している。

 

 

これって、不自然じゃない?

 

 

そうです。彼女はここで初めて
『がんばる自分を演じていた』事実を実感したのです。

がんばらない心理

『がんばる自分を演じていた。』

 

 

このことに気付けたとき、胸が痛くなりました。
自分の人生って何なんだろうと改めてよく考えるようになりました。

 

 

ふり返ると不自由だらけ。
趣味や好きなことまでもが、ストレスの処理目的化していた。

 

 

現実に帰ると、また女優(俳優?)
に戻らなければいけない…。

 

 

そこでテレビをボーっと観ていれば、
どこぞの精神科医が無責任にこんなことを言うわけですよ。

 

 

『がんばらないことも大事』

 

 

この言葉をうっかり信用して、
そのお偉い精神科医が好きなだけ殴り書きした分厚い本を、
一体何人の人たちが購入するのでしょう?

 

 

『がんばらないこと』って、
『がんばらざるをえない』環境の人たち
にとっては、一番残酷な言葉なんですね。

 

 

だからこそ、がんばる自分を精一杯演じて、
今日もその環境を生きていくのです。

 

 

だから『がんばらない』って、
ある意味報復主義的な考えなんですよ。

 

 

つまり、

 

目には目を

 

歯には歯を

 

惰性には惰性を

 

労働には労働を

 

 

…という考え方と同じです。

 

 

働きバチたちが、がんばって創り上げた巣には、
当然のように他のなまけバチたちが住みついています。

 

 

ある日働きバチがみんな『がんばること』を放棄すれば、
なまけバチたちが強制的に『がんばらざるをえない』環境が、
こんなにもカンタンに出来上がるわけです。

 

 

正に働きバチたちの『報復』でしょう。目には目を。です。
がんばらない心理は、そんなサディスティックな要素があるんですね。

 

 

『報復』と表現すれば言葉は悪いので、
『仕事を共有する。』と言えば聞こえは良いかも知れません。

 

 

まぁ、もともと『仕事を共有する意識』がなまけバチには
一切無いので『がんばらざるをえない』環境なのですが…。

 

 

自分のため以外のことで『がんばること』と、
逆に『がんばらないこと』って、だんだんよくわからなくなりますね(^-^;

がんばらなくて良いシステム作り

 

『がんばる自分を演じる』を卒業する方法。

 

 

それはどうやら、無責任な精神科医たちが唱えた
『がんばらないこと』らしい。

 

 

どうやら彼らは
『がんばらなくて良い』とは言えないようです。

 

 

それもそのはず。

 

 

彼らは『がんばらなくても良い』環境づくりに関しては
唱えていないし、赤の他人の身の回りの環境には、
一切口出ししたくないからです。
↑↑↑
巻き込まれたくありませんからね。利口です。

 

 

このことから、ヒントが明らかになりました。
がんばらない状態を作り出し、
『がんばるを演じる自分』から卒業するために必要なものは、

 

 

 

がんばらなくて良いシステム作りです。

 

 

 

技術や科学が進んで、
今までがんばらざるを得なかった問題が解決します。

 

 

それでも『もっと、もっと』と
満たされずに『がんばる』人たち…。
何だか滑稽ですね。

 

 

結局、
『がんばらなくて良いシステム作り』のために、
再び『がんばる自分』を演じる、新しい芸も誕生するわけです。

 

 

 

…ダメだ、こりゃ。

 

 

 

じゃあ、結論は?
…もう、報復主義で良いかもしれませんよ。

 

 

なまけバチたちにも同じだけの仕事量を経験してもらって、
逆に自分がなまけバチになっちゃうとか…笑
有りだと思いますよ。

 

 

がんばる自分を演じていることに気付いたなら、
その芸風を何度か放棄しても良いでしょう。

 

 

 

追記

甘いミツを味わうシステム作り

 

 

 

がんばる人たちを尻目に、
ほぼ不労で甘いミツを味わうことができる人たちがいます。

 

 

それが努力の末に許された環境であれば納得できますが、
皮肉にも無条件でそれが成り立っている環境もあるようです。

 

 

それが、その人を怒らせるとヤバいからだとか、
一家の主だからとか、官僚・役員候補だからとか、
上層親族だからとか…それらしげな理由は様々なようです。

 

 

理想は、
努力が不要で、ある日とつぜん毎日甘いミツを吸うことができる環境です。

 

 

私には、それができません。
泥臭い作業や努力で、がんばるしかありません。

 

 

ただし正しい努力と道すじを重ねて、
毎日甘いミツを味わう環境を実現することは可能だと思っています。

 

 

そのための努力もやはり必要なので、
しばらくは報復主義を行使して、
なまけバチを働かせても良いと思いますけどね。

 

 

そのシステム作りは、
本当に『がんばらなくても良い』環境作りに、
多少以上貢献できるのではないかと思います。

 

 

 




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